見方を知ると、心は驚くほど軽くなる
「なんだか生きづらい」
「人間関係でいつも自分を責めてしまう」
「なんで自分ばっかり辛いんだろう…」
そんな感覚を抱えながらも、
理由がわからないまま頑張り続けていませんか?
実はその苦しさ・生きづらさは、
あなたの性格や弱さのせいではないんです。
自分がどんなメガネで物事を見ているかを知ること、
自分にどんなマイルールがあるかを知ることで、
心がふっと軽くなることがあります。
私自身、この視点を知るまで、
「頑張るしかない」「耐えるしかない」と思い込んでいました。
アドラー心理学の「私的感覚」とは
人間は、知らず知らずのうちに
誤った思い込みを抱えてしまうことがあります。
私的感覚とは、
「人がそれぞれに持っている独自の価値観や判断基準」のこと。
それは生まれつき備わっているものではなく、
- 幼少期の親のしつけや期待
- 学校での評価や人間関係
- 社会や文化の影響
こうした体験の積み重ねによって、
無意識のうちに形づくられていきます。
私たちは皆、自分だけの“心のメガネ”を通して世界を見ているのです。
私的感覚が「誤った思い込み」になるとき
私的感覚そのものは、悪いものではありません。
けれど、それが強くなりすぎると
自分や他人を苦しめる思い込みへと変わることがあります。
たとえば、こんなマイルールはありませんか?
- 「人に迷惑をかけてはいけない」
- 「結果を出さなければ価値がない」
- 「親の言うことは絶対で、間違っていない」
これらは“客観的な真実”ではなく、あなたの中で作られたルールです。
このルールに縛られていることに気づかないまま大人になると、
「なぜか苦しい」「自分がダメな気がする」という感覚だけが残ってしまいます。
自分のメガネで世界を見てしまう例
たとえば、友達が遅刻してきたとき。
誤った思い込みがあると以下のような考え方になってしまうかもしれません。
- 決めつけ:「どうせ次回も遅刻するんだろう」
⇒起こってもないことを勝手に決めつけてレッテルを貼ること - 誇張:「いつも遅刻するよね」
⇒物事を悪いほうに拡大解釈して誇張する - 良くない面だけに注目:「遅刻する人はダメ人間」
⇒一部の悪い面をみて、その人の全体を見ることが出来ない - 過度の一般化:「きっと仕事もプライベートもだらしないんだろうな」
⇒特定の現象を全般に当てはめてしまう - 誤った価値観:「普通遅刻なんてしないでしょ、ありえない。人間として失格」
⇒自分の主観を「誰もが持つ共通の感覚」だと思ってしまう
これらはすべて、「事実」や「真実」ではなく、
自分の私的感覚を通して解釈した“見え方”にすぎません。
夫との関係で気づいた「私的感覚のズレ」
私の私的感覚に関する体験談です。
「常識的で真面目」なはずの夫と、
なぜか衝突が絶えなかった経験から見えてくることをお話しますね!
私が「常識的で真面目」と思っていた夫の姿
私の夫は企業でマネジメントをしています。
もともとはSEでしたが、年齢とともに管理職に移行してきました。
私は長年、夫を「とても常識的で真面目な人」と認識していました。
それなのに、喧嘩が絶えず、互いに苦しかったのです。
喧嘩が絶えなかった本当の理由
「常識的で真面目な夫が正しく見えるのに、なぜか同意できない自分」。
そして「夫に間違っている!」と責め立てる自分。
そのギャップに苦しみ、「自分は頭がおかしい人間なのでは」と思い悩んでいました。
今振り返ると、その原因は夫と私の 私的感覚の違い・ズレ だったのです。
夫の私的感覚――“ネガティブで人を不安にさせる行為はよくない”
ある日の夫との会話の中で、その「私的感覚」がはっきりと表れました。
夫の会社で、社内SNSにあるメンバーがマイナスな意見を投稿した件について、夫はこう語ったのです。
「社内の多くの人が見るSNSで不安をあおるような投稿をすべきじゃない。ネガティブなことで人を心配させたり不快にさせたりするのはよくないことだ」
夫の根底には、
“ネガティブなことで人を心配させたり不快に感じさせたりすることはよくないこと”
という私的感覚があったのです。
夫のエピソードから学んだ「私的感覚」の正体
私はそのとき「なるほどな」と思う一方で、別の見方もできるのではと感じました。
- 匿名ではなく“自分の名前”で投稿していることに、責任感や誠意がある
- 「商品をよくしたい」という思いがあるからこその発言かもしれない
- その投稿が、もっと自由な意見交換のきっかけになる可能性もある
つまり、夫の私的感覚は「清く正しい」ように見えるけれど、唯一の正解ではない。
「多くの人が納得する意見ではあるけれど、100%の真実ではない」
ということに気づいたのです。
自分の意見を封じた苦しさ
“多くの人が納得する意見”を唯一の正解と思ってしまった過去の私
私は精神的に未熟で弱かった頃、夫の意見を「正しい道」だと思い込むことでしか生きられませんでした。
だからこそ、「自分は間違っている」「夫を受け入れられない自分がおかしい」と責め続けていたのです。
私自身の私的感覚――“直感を大事に生きたい”
一方で、私にも私的感覚があります。
それは、「自分の意見や感性を大事に生きていきたい。直感を大切にしたい」というものです。
けれど、この感覚は多くの人に賛同されにくいだろうと思っていました。
人からどう見られるかを考え始めると、どうしても行動ができなくなってしまうからです。
だから自分に自信が持てず、夫の「多くの人が納得する意見」に依存してしまったのです。
その結果、自分で決める責任を放棄し、夫に委ねてしまっていました。
「夫が正しいから従えばいい」と思うことで、自分の人生から逃げていたのです。
その意味で、私は長年「夫の私的感覚」に救われ、そして悩まされてきたのだと思います。
私的感覚に気づいたとき、世界は変わった
アドラー心理学を学び始めて、
私はようやく気づきました。
「正しい・間違っている」ではなく、
「それはその人の私的感覚なんだ」と捉えられるようになったのです。
すると、
- 自分をありのまま受け入れること
- 自分の意見を大切にすること
- 周囲と協力的に関わること
が、少しずつできるようになっていきました。
競争ではなく、協力の人間関係へ
「相手が正しくて、自分が間違っている」
「自分が正しくて、相手が間違っている」
そんな競合的な考え方には、「私的感覚」が関係しているかもしれません。
「私的感覚」を知り、相手と自分の違いをどちらも尊重できると、人間関係は驚くほど楽になります。
縦の関係ではなく、横に並ぶ関係へ。
そんな温かい人間関係を目指したいですね。
自分のメガネを知るのは、「誰かと一緒に」がおすすめ
もし今あなたが、
- いつも自分を責めてしまう
- 人の意見に振り回されて苦しい
- 「私が悪い」と感じてしまう
そんな状態にいるとしたら、
それはあなたが悪いからではありません。
まだ、自分の「私的感覚」に気づいていないだけです。
私的感覚は、
頭で理解しようとしても
一人では見つけにくいものです。
カウンセリングでは、対話を通して
あなたがどんな“心のメガネ”で世界を見ているのかを
一緒に丁寧に見つめていきます。
あなたの感覚を否定することも、
無理に変えることもしません。
自分を責める人生から、
自分を理解する人生へ。
その一歩を、
ここから一緒に踏み出してみませんか。


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