なぜ親と話が通じないのか― アドラー心理学から見る、親子のすれ違いの正体

親子関係

親と話しているはずなのに、
なぜかすれ違ってしまい、
同じ世界を生きていないように感じることはありませんか。

その違和感は、
親を変えることや親を否定することで解決するものではなく、
あなた自身の人生を生き始めるところから、静かにほどけていきます。

親と話が通じないと感じるのは、なぜこんなに苦しいのか

親と話しているはずなのに、
どこか噛み合わない。
説明しても、伝わらない。
むしろ話せば話すほど、疲れてしまう。

そんな違和感を、長いあいだ抱えてきました。

「親なんだから分かり合えるはず」
「私の伝え方が悪いのかもしれない」

そう思って、自分を責めてきた人も多いのではないでしょうか。


親と話が通じない原因は「性格」や「相性」ではない

親と話が通じないとき、
私たちはつい
「性格が合わないから」
「相性が悪いから」
と考えがちです。

けれど、それだけでは説明できないほど、
深いすれ違いを感じることがあります。

その理由を理解するヒントが、
アドラー心理学の「仮想論」にあります。


アドラー心理学から見る、親と話が通じない理由

仮想論とは、
人はだれしも「自分なりのマイルール」で物事をとらえている
という考え方です。

私たちは皆、
過去の体験や価値観、自分の好みなど、
その人だけの物差しで世界を見ています。
アドラー心理学では、これを「私的感覚」と呼びます。

同じ出来事が起きても、
それをどう解釈し、どんな意味を与えるかは人それぞれ。

そして私たちは、その解釈を
「これが事実だ」
と思い込み、その世界観に従って行動します。

問題が起こるのは、
この私的感覚があまりにも強くなり、
現実とのズレが大きくなってしまったときです。


私的感覚が現実とずれてしまうと、何が起こるのか

たとえば、こんなことがありました。

「もうお腹いっぱい」と伝えても、
「そんな量じゃ足りないでしょ」と、
さらにごはんを持ってくる。

「子どもの宿題は夫に任せているんだ」と話しても、
「そんな非常識ありえない。
子どもの宿題を見るのは母親の務めでしょ、バカじゃない?」と言われる。

サラダを食べている娘を見もせずに、
「なんであんたは野菜を食べないんだろうねえ」と
独り言のようにつぶやく。

現実で起きていることよりも、
親の中にある「あるべき姿」のほうが、
優先されてしまうのです。


説明しても話が通じない親との、すれ違いの正体

説明すれば分かってもらえる。
丁寧に話せば、伝わる。

そう信じてきました。

けれど、説明すればするほど、
現実が通じなくなっていく感覚がありました。

何を話しても、母は「私の話」を聞いているようで、
実際には「母の理想の娘」を見ているだけ。

母はいつも、
“今ここにいる私”ではなく、
“母の頭の中にいる私”と会話をしていたのだと思います。

とにかく母には、
現実世界の人間が見えていないのです。


親を理解しようとするほど、苦しくなってしまう理由

母の中には、
「母親とはこうあるべき」
「娘とはこうあるべき」
という強い理想の世界があります。

私たち家族は、
その世界の中で生きることを求められてきました。

だから、きっと母は孤独でしょう。

誰といても、
「誰にも分かってもらえない」
「こんなに尽くしているのに」
そんな思いを抱えてきたのだと思います。

けれどそれは、
娘が背負うべき問題ではありません。

誰かの仮想の世界を守るために、
自分の現実を犠牲にし続ける必要はないのです。


親の世界と自分の人生は、切り分けていいんです

親がどんな世界を生きていようと、
どれだけの孤独を感じていようと、
私たちは、その世界に住み続ける義務はありません。

説明しても話が通じなかったのは、
あなたの伝え方が悪かったからではなく、
同じ世界を生きていなかっただけ。

それに気づくことは、
親を否定することでも、
冷たい人間になることでもありません。


まずは自分が、自分の人生を生きていく

自分がよりよい人生を歩むために、
新しい思考の視点を学び足していくこと。

これまで身につけてきた価値観が、
「今の自分」に本当に必要なものなのか、立ち止まって点検していくこと。

そして、自分の人生を生き抜くと決める勇気を、少しずつ育てていくこと。

親を変えようとしなくてもいいんです。
無理に理解し合おうとしなくてもいいんです。

ただ、歩みを止めず、自分の人生を生きているその姿で、親と向き合っていく。

そんな自分を、誇っていいのだと思います。

親を嫌いになって拒絶しても、
苦しみが消えないことはあります。

でも、
「親とは別の人生を生きていく」と心に決めて、
親と接することができたなら―。

きっと少しずつ、あなたの心は、今より楽になっていくはずです。

それは、
誰かを突き放すための境界線ではなく、
自分の人生を生き抜くための、静かで健全な境界線なのだと思います。

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