つい「ごめんなさい」が口癖になっていませんか?
日常の中で、こんな場面はありませんか?
- 何かしてもらったときに「お忙しいのににすみません」と言う
- 同僚のミスなのに「私も確認すればよかったです」と謝る
- 相手がぶつかってきても「すみません、私が邪魔でしたね」と言う
- 質問をするだけなのに「理解力がなくてすみません」と前置きしてしまう
- 席を立つとき、お願いをするとき、好みを伝えるときも「すみません」が出てしまう
かつての私も、ほとんどすべて当てはまっていました。
もちろんビジネスでは必要な謝罪もあります。
しかし、よくよく振り返ると「謝らなくても良い場面」で謝っている人はとても多いのです。
過剰な謝罪がつくり出す“役割”
アドラー心理学を学んで気づいたのは——
必要以上の謝罪は、その場に「加害者」と「被害者」という役割を生み出してしまうということ。
たとえば、自分は悪くない場面で「ごめんなさい」と言うと、
- 相手は「自分が責めてしまった側(加害者)」
- もしくは「寛大に許す側(上の立場)」
という無意識の役割を担わされます。
本当は、誰も悪くないかもしれないのに。
ただ状況が起こっただけなのに。
不必要な謝罪が、上下関係の構図をつくり始めてしまうのです。
“謝罪の正体”は、実は「自分の安心」だった
過去の私は、こう思っていました。
- 謝っておけば波風が立たない
- 相手に悪く思われたくない
- 自分の罪悪感を減らしたい
つまり、私が謝っていたのは、相手のためではなく、自分のためだったのです。
表面上はへりくだっているように見えても、心は「相手の反応をコントロールしたい」という意図が隠れていたことに気づき、ハッとしました。
“謝罪が生むすれ違い”の事例
仕事で体調不良のAさんが休み、Bさんが快く引き継ぎをしたとします。
Bさんは「Aさんが安心して休めるように頑張ろう」と前向きでした。
しかし休んでいるAさんから、こんなメッセージが届きます。
「Bさん、不明点が多かったですよね。
仕事を増やしてしまい申し訳ありません。」
その瞬間、Bさんは“加害者の役割”に立たされてしまいます。
「Aさんのために頑張っていたはずなのに…謝らせてしまったんだ」
と罪悪感を抱くかもしれません。
もし、こんな言葉だったらどうでしょう。
「引き継ぎを快く受けてくださりありがとうございます。
おかげで安心して休めています。」
きっとBさんは、さらに前向きに仕事に向かえるはずです。
“ごめんなさい”を“ありがとう”に変えるだけで関係は変わる
アドラー心理学では、ひとのつながりを「共同体感覚」と呼びます。
そこには上下関係はなく、尊敬・信頼・協力があります。
謝罪の前に問いかけてみてください。
- この謝罪は誰のため?
- 相手を加害者・被害者にしていない?
- 本当に伝えたい気持ちは何?
すると、「ごめんなさい」の代わりに、
- ありがとう
- 助かりました
- 安心しました
という言葉が自然と増えていきます。
罪悪感ではなく、感謝でつながる関係へ。
その小さな言葉の選び方が、人間関係を驚くほど優しく変えてくれます。
誰かを大切にしたい気持ちを、優しく表現してみる
「謝ってしまう癖」は欠点ではありません。
むしろ、誰かを大切にしたい気持ちが強い人ほど、そうなりやすいのです。
その優しさを大切にするために…
もし今、
- 人間関係で気を遣いすぎて疲れる
- すぐ謝ってしまい自己嫌悪になる
- 相手の顔色を見てしまう
- 感謝や本音の伝え方がわからない
そんな悩みがあれば、どうか一度ご相談ください。
あなたの人間関係がふっと軽くなるようアドラー心理学をベースにしたカウンセリングで丁寧にサポートいたします。


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