人間関係を上下で見る世界は、いつも暗くて怖い
人間関係を上下で見る世界は、
いつも少し息苦しくて、暗くて、怖いものです。
誰かより上に立てているだろうか。
誰かより劣ってはいないだろうか。
そんな物差しで人との関係を結んでいると、
安心できる場所は、どこにもなくなってしまいます。
「バカにされるかもしれない」
この言葉が胸に浮かぶとき、
私たちはただ自信がないのではなく、
上下で測られる人間関係の世界に立っているのかもしれません。
「バカにされるかもしれない」という父の言葉
先日、父がスマホを替えることになりました。
機械があまり得意ではない父は、
機種変更の手続きも、いつも娘と一緒です。
「らくらくフォンにしたら?」
そう勧めると、父は少し間を置いてこう言いました。
「そんなの持ってたら、バカにされちゃう」
「誰に?」と聞くと、
父は少し考えてから答えました。
「……みんなに」
その「みんな」は、本当に現実にいるのだろうか
けれど、現実の世界で考えてみると、
父がどんなスマホを使っているかなんて、
周囲の人は気にしていないと思うんです。
らくらくフォンを持っているからといって、
誰かが父を笑ったり、見下したりする場面は、
私は想像できないのです。
それでも、父の中には
「バカにされるかもしれない」という
はっきりとした恐怖がありました。
その「みんな」は、
現実の誰かというよりも、
父の世界の中にいる“あの人やこの人”なんです。
恐怖の正体は、人ではなく「関係の見方」
ここで大切なのは、
「誰かが悪い」という話ではないということです。
父が恐れていたのは、
“父をバカにしそうな誰か”そのものではなく、
その選択をした自分が、
人間関係の中でどんな位置に置かれるか
だったのだと思います。
つまり問題は、
「人」ではなく
人間関係をどう見ているか。
人間関係を
上か下か、
勝ちか負けか、
価値があるかないか、
そんなふうに上下で捉えていると、
常に不安がつきまといます。
先に誰かを下に見る世界にいると、安心できなくなる
ふと、こんな問いが浮かびます。
私たちは、
人間関係を無意識に
上下で考えてしまってはいないだろうか。
上下のある関係の中では、
上にいると感じられる間だけ、
一時的な安心があります。
けれど同時に、
「いつか自分も下に落とされるかもしれない」
という恐怖が消えることはありません。
だから、世界は暗くなる。
だから、人の目が怖くなる。
アドラー心理学が示す「縦の関係」と「横の関係」
アドラー心理学では、
人間関係のあり方を
「縦の関係」と「横の関係」
という視点で捉えます。
縦の関係とは、
上下・優劣・評価・賞罰を前提にした関係。
横の関係とは、
対等で、並び合い、
それぞれの役割や違いを尊重する関係です。
どちらが「正しい人」かの話ではありません。
ただ、どちらの関係に立っているかで、
心の安心感は大きく変わります。
横並びの関係に立ち戻るという選択
人と人は、
誰かより上か下かを決めるために
生きているわけではありません。
それぞれの場所で、
それぞれの役割と歩幅を持ちながら、
横に並んで生きていく存在です。
人間関係を上下で測るのではなく、
並び合うものとして見直すこと。
それは、生き方そのものを
少しやさしくする選択でもあります。
世界は、関係の見方が変わるとやわらかくなる
何かを成し遂げなくてもいいんです。
誰かに勝たなくてもいいんです。
人間関係の見方が変わるだけで、
世界は、少しやわらかくなります。
上下ではなく、横並びで関係を結べたとき、
「バカにされるかもしれない」という恐怖は、
少しずつ力を失っていきます。
横の関係で大事なこととは、
信頼と尊敬、そして協力です。
それはどれも、
人の心をあたたかくする力を持っています。
横の関係で人と関われる時、
暗くて怖かった世界は、
息のしやすい場所へと、
少しずつ変わっていくはずです。
あなたは、
いつでもあたたかい場所に
身を置いていいんです。
どうか、
暗くて冷たくて怖い世界にいる人に、
少しでも届きますように――。


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